18歳のランちゃんが、今朝8時過ぎに、天国に旅立ちました。

 昨日から、すこしずつ息が減り、穏やかな大往生でした。

 土日だったので、枕元でたくさんお話ができました。オットたんも、ちびも、実母たんも、家族一同が優しい気持ちになれる良いお見送りでした。

 美しくて、賢くて、幸せな思い出だけを残してくれたランちゃんでした。 
 うちの子になってくれて、18年間、ありがとうございました。

 画像は2008年の、元気だったころ。


 昨日から、弱っていくランちゃんの横で、さめざめ泣いておりましたが、その最期を見届けると、どっと安心して、むしろ清々しい気持ちになっておりました。

 ちびは、以前から楽しみにしていた行事ごとがあったので、ランちゃんに挨拶だけさせて、オットたんと2人ででかけてもらいました。

 そうして、私が一人で、家を片付けながらしみじみとランちゃんの出棺の手続きやら、伽やらをつとめていると…

 朝の8時半すぎという(しかも日曜だぞ)時間に、思いがけず、ピンポンがなりました。

 ん〜?

 選挙運動かな〜?

 …だとしたら、日曜の、しかも9時前に、戸別訪問なんて、とっちめて説教しないといけないレベル、と喧嘩腰でドアホンに出ると!!

 なんと!!

「…あのう、イカ街某勤め先の、○○と■■です…」
 というご婦人2人連れ。

 思いっきり想定外の、アポなし訪問に、驚愕するやら、再会に歓喜するやら。

 お2人は、弥次喜多道中で古都旅行に来た宿泊先で、朝に散歩をしていると、わが家の前を通りがかったのだとか。
 わが家はオットたんの名前をフルネームで表札に出していたために「…ん?」と二度見されたのだとか。

 昔、仕事場での雑談時に、わが家が、その宿泊施設の近くだ、という話題をしたことがあったのをたまたま覚えていらして「…もしや、この家は、イカ街にいたi子さんの家ではないかしら」と勇気を奮ってピンポンを押して下さったのだそうです。

 よりによって、ラン姉がこんな日だったからこそ、日曜の朝に私だけが在宅していた、という奇跡のような偶然が重なって、ちびがいなくて静かに …いや、かしましく、つもる話に花が咲きました。

 生きてるといろんなことがあるなぁ、というレベルで、この数年はしんどい思いをしてきていましたし、今日は今日で取り込み中でしたし、でも、生きているからこそ、こんな思いがけない再会もあるもので、これだから人生って面白いなと思いました。

 道産子2人連れ、今日はこれから浪速に向かうそうです。
「新幹線の切符を買おうとしたら、駅員さんにとどめられたわー。シンカイソクってなに?」という、ゆーるい話になごみました。
 そうそう、関西って、狭いでしょ(笑)。
 県をまたぐ移動でも、特急料金とか、いらないんですよ〜。

 私の職場が、最繁忙期のラストスパート、みたいな日に限って、ちびの児童館から「ちびちゃんがちょっと出血の多い怪我をしました」という連絡が。

 不幸中の幸いで、私の退勤時の連絡だったため、すぐに館に直行できました。
 こういうことがあるから、やっぱり私の職場と児童館が近いこの環境って有難いなと思います。

 ちびは、突発的なアクシデントはめったにない子だし、動転することが少ない(ギャン泣きしたりはしない。びっくりして涙がひっこむタイプ)子なので、おとなしくしてくれていましたが、担当の先生と、養護の先生が、こちらが恐縮するほどに謝って下さって、そのやりとりでてんやわんやとなりました。

 私も、正直、昼間の仕事でグダグダだった直後だったので、何がなにやら状態ではあったのですが、児童館から、先生と養護の先生との付き添いつきでタクシーを出して病院に連れて行って下さる、ということだったので、ご配慮を有難く従うことにしました。

 ちび、非日常に、なんだかウキウキモード…。

 私も私で、日常の定時運行が乱れたので、あれこれ調整に手間取りはしましたが、普段ゆっくりお話しできない児童館の先生や養護の先生と、雑談も含めて長くおしゃべりできたので、とても新鮮な発見が多く、有難い機会となりました。

 病院で、ドクターにちゃんと診てもらえたことも、よかったことでした。
 先生方の適切な判断のおかげだと思いました。

 先生方は私よりお若いくらいなのですが、お二人とも、お子さんを預けてこのお仕事をされています。
 …ということは、ちびの今日の事故のために、予定外の残業となってしまわれたわけで、それはそれで、きっと関係各所への調整をなさって、つきあってくださっているんだなぁ…、どこかに、このお母さんの帰りを待っているお子さんたちがいるんだなぁ…と、二重の関係性にしみじみしました。

 とはいえ、児童館内での事故ですから、仕事としては、しなくてはならないというレベルのことだったわけで。

 病院での待ち時間、先生方と一緒にぼーっとテレビのニュースを見ていたら、特集報道で、保育士の待遇や保育所不足の話題。
 私も先生方も、切なくなって、切ないね、どうにかしてもらいつつ、どうにかしなくてはね、みたいな話で盛り上がりました。

 仕事上つきあってくださった時間ではありましたが、私にとっては感謝以外のどんな言葉もなくて、こんな気持ちを私自身も覚えておきたくて、ここにとりあえずメモしておきます。

 あ、ちなみに、ちびは、ピンピンしています。はい。

 職場で、今年度から義務となった、ストレスチェックを受診しました。 
 とはいっても、簡易なものでwebテスト。

 自分のストレス状態なんて、自分が一番よく知っていて、まともに回答したら絶対に病的な状態を指摘されるのはわかっているのです。

 んで、「ちょっと手加減して、これくらいで回答しておくか…」くらい、気を遣った回答をしたのにもかかわらず!「あなたはあきらかなストレス過多状態です。いますぐこのボタンをポチっとすると、産業医に連絡をしますが、どうしますか?」というボタンが表示されます。

 …いや、いま、ちょっと取り込み中なんで、いいです…。

 と、「今は連絡しない」ボタンをぽちっ。

 画面が切り替わった先で「アロマや音楽を楽しんだり、1人の時間を大事に過ごしたり、ストレスを適切に解消しましょう」とか言われてしまいました。

 いや、ごせつごもっともでございます。 

 わかってるってば!うるさいよ!今やるところやったってば!
 …と、ちび太郎みたいな発言をしてしまいそうになりました。

 なんだかなぁ…。
 誰のための、何のための、ストレスチェックだったのかよくわからないモヤモヤを新たに発生させつつ、今日もお勤めごくろうさんでした、わたし。

 

 2016年があけてから、ずっと小走りみたいな生活でしたが、この年度末から年度はじめにかけては全力疾走モードだったので、自分の経験的に「これはGW前に過労で倒れて家族に迷惑をかけるパターンだ…」とアラームが鳴っていました。

 そこで清水の舞台から飛び降りて導入したのが、ぞうきんがけロボット「ブラ子ちゃん」。
 この判断は大正解でした。
 小学校に行って、砂と脂のかたまりみたいになって帰宅するちび太郎を笑顔で迎えることができます。
 朝にドライモップ、ちびの就寝後にウェットクロスでひとまわりしてもらうと、ずいぶん掃除機の出動回数も減りました。
 
 もう一つ導入したもの。
 それは食材配達サービス。

 私が、食材調達のお買いものも、下ごしらえも、お料理も、本当は大好きで、手放したくない仕事だったので、この決断はかなり苦渋でした。

 でも、いま私がなかなかお買いものに行く時間を取れないことや、くたくたになって帰ってきたり、ちびの新しい生活にできるだけつきあっていたりすると、食事の支度が満足にできないこともストレスがたまるようになり…。

 食材の材料費として割高なような気がして、ずっと踏み切れずにいたのですが、やっぱりここはもう割り切るしかないな…と頼むことにしました。

 毎回の食事にバリエーションがついたし、自分での買い物ならつい後回しにしがちな、ちょっとした彩り野菜や、なかなか自分で買うことのない食材で新しい発見があったり、もっと早く決断すればよかったなぁ、なんて思ったりします。

 ちびも、野菜は食わず嫌いのモノが多かったのですが、ちょっとこれまでとは違う献立のなかに入っていると興味を示したり、これまで私がなんとなく「多分これはちびが手を付けないだろうな」みたいな先回りで買っていなかったものに意外とお箸が進んだり。

 どんな仕事でも、自分がしなくては…みたいに思い込んで、自分の首を絞めていたことってあるんだろうな。
 好きな仕事なだけに、余計に手放せなかったんだなぁ…。

 失って得たものの数を数えつつ、また明日も、乗り切ろう…。

 今日はちびの卒園式でした。

 ちびが主役、とはいえ、それなりに私の身なりも整えねばならず、ついでに整えるからには記念写真でも撮ろうということになり、朝6時起きで着物を着て、早朝料金を払って写真館へ…。んでもって、卒園会&謝恩会→市内関係各所へ挨拶回り…という、ヘタしたらこれは自分の結婚式以来の大回転なんちゃう?という一日でした。

 古都に戻った2011年、1歳児の保育園にはどこも門前払いだった私とちびは、ベビークラスのあるこの園にたどりついて、以来ここまでお世話になりました。

 その時以来ご一緒のご家族もたくさんおられて、どの子も赤ちゃんだったのが、ここまでいろんなことができるようになって…と感慨深いものがあります。号泣レベルのおかーさんもたくさんおられたなぁ。(意外に私はこういうとき冷静で人前で泣くこたぁない)。
 親密なご家族だと、さまざまにプライベートな話を伺うことも多く、社会の縮図を感じることもありました。子どもがいなくても、社会現象として知ることではあったでしょうけれど、ここまで深く身近なこととして考えられるには及ばなかっただろうな。ちびが5年で成長したように、オットたんと私も、一人の大人として学ぶことがたくさんありました。

 赤ちゃんとして名もなく生まれたちびが、だんだん1人でできることが増えてきました。

 これからは私達の支えを振り切って1人で生きていけるようになって、誰かと生きていけるように、誰かのために生きていけるようになっていく段階にさしかかるのでしょう。振り子のように揺れるであろう彼の成長を、これからも受け止めていくことができますように。

 成長するちびに寄り添う私達は、これから身体能力をすこしずつ失って、かつて1人では何もできなかったように弱くなっていくのだろうなと思います。

 でもね

 年を重ねて若さを失うかわりに、増えていくもの、なーんだ?

 と子どものように探す気持ちは持ち続けたいなと思いますし、死も希望であると信じているからには、先には希望しかないのです。

 フックブックローのように淡々と「物語はつづいてく」日々ではありますが、そんな日々にさしこまれたきれいな栞のように、今日の式典が与えられていたことに感謝します。

 …と、こんな感動的な一日を過ごした翌日はゆっくり休みたいものですが、無粋に休日出勤です。
 

 
 

 ここ数日、ロボット掃除機欲しい熱が高まっています。

 年始めに久々にぎっくり腰になって、そのあとも怒濤のような日々を過ごしていると、私の好きな家事のひとつである掃除機かけに手が回らなくなってきました。

 わが家はマンションのようなフラットな構造ではなく、2F建てですし、猫も多いので、私が仕事をしていなかったときは1日に2回掃除機を出すことも珍しくありませんでした。

 ちょっと掃除に手が回らないと、すぐに猫の毛やホコリが溜まる…
 ホコリが溜まると、私の気分がすさむ…
 私の気分がすさむと、ちびやオットたんに優しい気持ちになれない…

 昨年末、普通の掃除機も買い換えたばかりですし、その上ロボット掃除機まで欲しくなるのは、贅沢以外のなんでもないことは重々承知はしているのですが、だからといって、贅沢は敵だと精神論で乗り切れることでもなくなってきて、ここはひとつそろそろ、ロボット掃除機を導入しても良いのかなぁ、自動運転で取り切れない段差とかこまごまとしたところの掃除に人力をまわしたほうが合理的なのかなぁ、と考えるに至った次第です。

 ずいぶんと選択肢も増えましたしね。
 
 そんなこんなで、いろんな機種のスペックを見比べてはいるのですが、どの機種も共通しているのは
「人間が、部屋を、ロボット掃除機に掃除してもらう状態にしなくてはならない」ということ。

 つまり、床からこまごまとしたものを取り除いておくのは、人の仕事なわけで。

 …っていうことは、だよ。

 もうその時点で、掃除って、八割方カタがついてるんじゃない!?

 ロボット掃除機が家をきれいにしてくれるんじゃなくて、
 ロボット掃除機に働いてもらわないといけないから、人が動くんだわ。

 広告が見せてくれる幻想に私も飲み込まれそうになってたけど、はたとそんな現実に気がつくと、もうちょっとまだ人力で頑張れそうな気がして、まだ衝動買いには至っていません。

 多分わたしは一生衝動買いとかできないタイプなんだろうな。

 あと、私がほしいのは、衣類を乾燥して、たたんで、ユーザー別引き出しとかにまで片付けてくれる全自動洗濯機と、使用後に自動で掃除してくれるユニットバスとトイレです。
 できそうな気がするんですけどねぇ。まだできませんか?

 元旦以来、ぎっくり腰で引きこもりがちだったのですが、今日はようやく、新年の集まりに出て、ご挨拶するべき人達にご挨拶をして、新年があけきった気がします。やっぱ社会生活って大事ね…。

 申年にちなんで、日光東照宮の猿のお話し。
「見ざる、聞かざる、いわざる」の三猿があまりにも有名すぎて、実はこのレリーフが「猿の一生」を表現しているということを、これまで聞き落としていたなぁ、と気づきました。

 八面あるレリーフの、一面目は、子猿の将来を案じて見通そうとしている、賢そうな母猿さんでした。
 ああ、こういう、子猿に信頼される聡明なおかーちゃんになりたい。
 そのためには、私は「見ざる、聞かざる、いわざる」じゃなくて「見る、聞く、いわざる」であらねばね。

 ちょっと前の「ブラタモリ」でも、東照宮は江戸のテーマパークだと言われていましたが、本当にそうなのね〜。
 日光を見ずしてケッコーと言うなかれとも言いますし、いちど行ってみたいです。

 家庭でも、仕事の場でも、自分の立ち位置は黒子だと思うことが増えつつあります。
 とくに今年は、ちび太郎が卒園して小学校入学という節目でもあり、私も気持ちが引き締まりますが、本当に願うことは、ちび太郎やオットたんが持つ力を最大限に発揮できる環境を作る、ということなのです。
 
 つまり、私が頑張らなくてはならないのは、黒子としての仕事に徹すること。
 凡事徹底、毎日の生活や、交わす言葉を大事にして過ごす一年にしたいです。
 
 腰痛でしかめっ面をしていたことが多いこのお正月でしたが、一番笑ったことを覚え書き。
 吉本芸人さんの日めくりカレンダー「毎日、ポジティヴ!」のamazonレビュー
「毎日トイレにかけて眺めていたら不正出血が治りました」とあった話。

 うーん、現代にも、こんな聖書の奇跡物語みたいなできごとがあるのね。
 それくらい、ムチャブリなレベルでのポジティブシンキングって大事なのね。

 会社でがん検診を受けました。

 移動検診車での検診でした。
 自治体の検査でも検診車で検診を受けたことはあるのですが、今日は妙に、車の揺れが気になりました。
 当然、停車して、検査作業がなされているのですが、トラックの中には検査技師数人と、待合室に受診者が数人乗っていて、往来があるので結構揺れるのです。

 その揺れに気分が悪くなって、自分でも気づくほどに血の気が引いて、妙に動悸がどくんどくん…。

 その違和感が何かと考えたところ、多分、狭くて風通しの悪いところに数人で閉じ込められているのにもかかわらず「揺れから逃げられない」恐怖心なんだなと気づきました。

 阪神大震災も、東日本大震災も、大きな揺れこそ経験したものの、直接的に被害を受けたわけではないレベルの私が、こんなトラウマちっくなことってあるものなんだな…と自分の状態にびっくりしました。

 多分、脳内では「揺れてる、逃げなきゃ!はやく逃げ場を確保しないと!」と指示を出しているんだけど、「いやいや、まてまて、ここは会社、周りは誰も逃げてない、私も逃げるほどのことではない」みたいな、心身の行き違いみたいなのがあるんだろうな。

 そういえば、最近めっきり飛行機に乗らなくなったので忘れていましたが、飛行機でも、乱気流に巻き込まれるときの足下グラグラ感がこんな感じだったことを思い出しました。地に足付かないところでの揺れって、ほんとに怖い。私はきっと高層マンションとかオフィスビルとかではとても生活できないな…。

 揺れのほうにばかり気がとられて、肝心のがん検診のほうは、何を検査されたか忘れちゃった_| ̄|○

 何も見つからないように祈ると同時に、もし何かが見つかっても、冷静に対応できるように、心の準備をする良い機会だと思うようにします。

 とりあえず、私にしては珍しい、心療案件だったので、自分のためにも覚え書きしておきます。

あさが来た」をとりあえず放送初日から続けてみています。

 放送開始前から非常に期待していただけに、今のところかなりの高得点です。
 朝ドラで幕末を描くのは初めてだそうですが、いいじゃないですか。うん、いい。大河ドラマよりもむしろちゃんと幕末だ。

 私がもやもやと既視感を抱いていたのは、少女漫画の大家、大和和紀さんの作品なんだなぁと思います。
 とくに「ヨコハマ物語」「NY小町」あたりは時代背景も主人公の設定も似ています。
 代表作「はいからさんが通る」は時代設定がもうすこし後の大正なので、そっくりそのままとはいきませんが

・おてんばヒロイン(振袖で木に登る、木から落ちる、お姫様だっこをされる、字は下手、失敗を恐れずに成長する)
・美形、かつヒロインの短所も長所も受け入れる許嫁(「許嫁」という響きは必須、細身でもお姫様だっこをする筋力はある)
・恋人や配偶者にはならないけれども、ヒロインの精神的成長に深く関り、世界情勢を教える「男前なおにいさま」。
・許嫁との仲を疑うほどに親しいライバル女性(ワケあり美人)→たいてい打ちとけてカップルでの友情に深化する
・ヒロインが女性として憧れる「姉的存在」(あるいは姉)
・対外的にはおてんばをたしなめつつ、家庭においてはヒロインの人格の成長を温かく見守る「家族」
 
 いくつかの変形はあっても、とりあえずこういう登場人物はテンプレートとして必須か。

 大和作品は少女漫画の古典なので、実写化や舞台化したものもいくつかあります。
 でも、そのどれもが、「原作とはちょっと違う…」というところがありました。(今でも劇画作品の実写ってものすごくデリケートで難しいものだけど、昔はもっとあからさまな改変や改悪が多かった。)

 皮肉なことに、今回の「あさが来た」は、大和原作でないのにもかかわらず、大和作品的世界観が忠実に映像になっていて、不思議というかなんというか…。マーケティング的な確信犯なのかなぁ。

 あと、同じNHKの「本棚食堂」で良い味出してるなぁ、と思っていた「柄本時生」さんが「眉山惣兵衛(はつさんの旦那様)」だと勘違いしていたのですが、実は兄の「柄本佑」さんだったということにようやく昨日気づきました。さすが兄弟、よく似ていらっしゃる…。

 どうやら世の中には、私と同じ間違いで見ている人が多いらしい…。

 世の多くの女性視聴者が、新次郎さん役の玉木宏さんに釘付けになっているようですが、私は栄三郎くん役の吉田八起くん(子役)にロックオンしています。かわいい。


 

 ちび太郎の幼稚園で、9月から、保育時間後の英語教室が始まりました。
 正課保育時間にも関わって下さっているネイティブの先生が受け持たれるクラスなので、ちびにとっても親しみやすいだろうと考え、また、私の働いている時間の延長保育に料金がかかることを思えば、いっそ英語も習っておいてもらえたら一挙両得ということもあり、通うことにしました。

 ただ、大手の英語教室のように、私が送迎をして、先生からそのたびにフィードバックをもらえるわけではないので(ちびはクラス終了後には園バスで帰宅するため)、私が先生と接する機会はありません。

 ちび太郎も、まだ正確にクラスで何をしたかを教えてくれるわけではなく、ましてそれが英語のみでなされる授業なので、ますます私に伝わるときにはわけのわからない話になっています。

 そこで、私が自前で、先生に連絡帳を書くことにしました。

 英文のレターを書くなんて現場から離れて久しく、「…えーっと、連絡帳、って何て書けばいいんだ?」という辞書引きから始めるレベルです。

 先生もお忙しいことでしょうから、迷惑がられそうなら引っ込めようと思っていたのですが、初回に、私からちび太郎の紹介を拙い英語エッセイで書いたところ、大変歓迎してもらえて、毎回、とてもとても丁寧に、授業で何をしたか、ちび太郎が誰とどういうふうに関わっていたか、どんな反応をしていたかということを書いて下さるようになりました。

 ここまでフィードバックにこだわる保護者も珍しくて嬉しいのかしら?と思えるほどに、先生がたくさん書いて下さるので、私も読んで理解するのに必死。

 私からもできるだけ在宅時のちび太郎の様子なんかを英語で伝えようとするうちに、だんだん先生と私との文通みたいになってきました。

 そんなに英語が得意というわけではない私が、仕事やら家事やらで追われている中で、必死に書いてる英文なので、多分ミスもいっぱいあると思うのですが、ええい!ままよ!これが私のレベルですとも!と半分開き直って書いているうちに、あら不思議、ちょっと英文レターを書くことに抵抗がなくなってきました。

 定期的に、軽い負担をこなす、というのは、どんなトレーニングにも有益なことなのでしょうね。

 あと、失敗とかミスは気にせずに、継続的にやる、っていうのもいいのかも。日本人の外国語学習あるあるネタで、「完璧を求めすぎて挫折する」という話をよく聞きますが、まさに私もそれだったのかもしれません。別に、採点されるわけでもなんでもないレターなのですから、楽しく書いて、8割くらい通じてたらそれでいいかな、なんて割り切っています。

 ちび太郎には、語学だけではないところでも、失敗やちょっとくらいの指摘を気にせずに、何度でもやり直して、どんどん自分の壁を越えていってほしいなぁと思います。

 そのためには、たぶん私がこまごましたことをダメ出ししないようにするところから始めないとね。彼を見ているときには片目をつむってるくらいがちょうど良いのかな。


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