最後だとわかっていたなら

 今年は、特に後半は、私の体調がどうにもこうにも悪くて、思うように動けませんでした。

 

 特に胃腸の弱りを感じます。

 お医者さんでもお薬を出していただいてなんとかかんとかやってきたのですが、この冬休みは、体質改善をこころがけようと思って、朝ご飯をおかゆにしてみることにしました。

 

 お米大さじ2を、お湯とともにスープジャーに入れて一晩おくと簡単にできるんですね。そのままだとぬるめなので、お茶碗にうつしかえて電子レンジであたためてほかほかといただいています。

 胃腸が働かないと、栄養を吸収できないし、体全体が思うように動かないので、休めたり、いたわったりすることって、大事なんですね。食欲もわかない日が続いていましたけれど、心がけて休むようにしているとちょっとお腹が動き出して、ようやく、自分の好きなものだけでもおせちを作ろうかな、と思うようになってきました。

 

 亡くなった父が、胃腸が弱く、仕事でもストレスが強かったのか、家では陰鬱な顔をして横になっていることが多かったことをいやに思い出します。今の私がまさにそう。彼は私を大事にしてくれましたが、家族旅行なんかの思い出は全然ありません。元気ならいつか行けるくらいに思って、目の前の仕事に追われていたんだろうなぁ、と今となっては理解できます。

 病気が判って亡くなるまでたった3ヶ月ほどでしたが、病床でどんなにか無念だったかな、やろうと思ってできなかったことがいっぱいあっただろうな、と思うのです。

 

 まもなく私も40代。いつ大きな病気をしても不思議ではないお年頃です。

 自分の体を大事にしつつ、愛する人たちと優しいやりとりで過ごすことや、自分の楽しみを先送りにせず実行することを大事にしようと思います。

 

 大晦日を控えて、この詩を読み返しています。

 今日があって、明日があることが当たり前ではないということを、いつも私が心にとめておくことができますように。

「最後だとわかっていたなら」
作・ノーマ コーネット マレック / 訳・佐川 睦
 
あなたが眠りにつくのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは もっとちゃんとカバーをかけて
神様にその魂を守ってくださるように
祈っただろう
 
あなたがドアを出て行くのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは あなたを抱きしめて キスをして
そしてまたもう一度呼び寄せて
抱きしめただろう
 
あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが
最後だとわかっていたら
わたしは その一部始終をビデオにとって
毎日繰り返し見ただろう
 
あなたは言わなくても
分かってくれていたかもしれないけれど
最後だとわかっていたら
一言だけでもいい・・・「あなたを愛してる」と
わたしは 伝えただろう
 
たしかにいつも明日はやってくる
でももしそれがわたしの勘違いで
今日で全てが終わるのだとしたら、
わたしは 今日
どんなにあなたを愛しているか 伝えたい
 
そして わたしたちは 忘れないようにしたい
 
若い人にも 年老いた人にも
明日は誰にも約束されていないのだということを
愛する人を抱きしめられるのは
今日が最後になるかもしれないことを
 
明日が来るのを待っているなら
今日でもいいはず
もし明日が来ないとしたら
あなたは今日を後悔するだろうから
 
微笑みや 抱擁や キスをするための
ほんのちょっとの時間を
どうして惜しんだのかと
忙しさを理由に
その人の最後の願いとなってしまったことを
どうして してあげられなかったのかと
 
だから 今日
あなたの大切な人たちを
しっかりと抱きしめよう
そして その人を愛していること
いつでも
いつまでも 大切な存在だということを
そっと伝えよう
 
「ごめんね」や「許してね」や
「ありがとう」や「気にしないで」を
伝える時を持とう そうすれば
もし明日が来ないとしても
あなたは今日を後悔しないだろうから

Posted by i子 at 12:43 | - | comments(0)

コメント

コメントする







Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
<< June 2018 >>