前任の方と接点ができ、今日は2人でランチにでかけてまいりました。

 業務の話が中心でしたが、はじめて家庭やこれまでのことにも話が弾み、長く「顔見知りだっただけ」の関係から、一気に親しくなったなという気がします。

 

 彼女だけでなく、最近、オンラインでもオフラインでも、ふいっと、「ふとi子さんのことが気になって」的におたよりをいただくことが立て続いています。

 

 それだけ私のことでご心配をおかけしていたのかしら?と反省する一方で、しみじみと、ありがたく感謝しています。

 

 思えば、昨年の今頃から泥沼に陥り、心身ともにずぶずぶと悪くなり、秋以降は仕事どころか生活にも支障を来すほどに動けなくなっていました。

 

 その頃には、周りの人がそんな手を差し伸べて下さっていたのかいなかったのかも気づかないほどに自分も感情を失っていたんだなと思います。

 

 でも、今はずいぶんと良くなりました。

 まだまだ不調の波はあるものの、自分の波を客観視できる程度には気力も回復してきたのだと思います。

 

 今日もおねえさまのお話を伺うに、「i子さんの年の頃が私も一番しんどかった…」的なことを言われました。

 乗り越えてこられた方にそう言ってもらえると、私のいまのしんどさも、時が経って振り返ったら、必要なしんどさだったと思える日が来るのかな…と思います。

 

 実際に、少しずつ振り返ることができるようにもなってきているわけだし。

 

 あとちょっと、という気がするのです。

 

 私も、様々なことを乗り越えながら、

 乗り越えたあとで、なんて悠長なことをいわず、乗り越えながら、

 人に優しくありたいなぁ、と思いました。

 

 

 この数年、私なりに頑張って働いてきましたが、体調を崩して休むことにしました。

 前向きな決断と思ってはいますが、それなりに寂しいものがあります。  

 

 お買い物に不便な地域に住んでいながら、フルタイムで働いてこれたのは、平日の夕食を食材宅配サービスさんにお願いしていたからでした。毎日、雨の日も、風の日も、寒い日も、暑い日も、食材を届け続けてくれた担当者の方に、しばらく宅配サービスをお休みする連絡がてら、これまでの感謝の気持ちをお手紙で伝えました。

 

 今日、ポストにそのメッセージへのお返事が来ていました。

 

「お仕事をされている方もそうでない方もいろいろおられますが、

がんばっておられる主婦をサポートできるのが楽しくてうれしくて私は●●で働き続けてこれました。

こちらこそ、毎日働く力を頂いております。

毎日のお届けはなくても、ぜひ私を呼んで下さい。

よろこんでお届けします。お手紙ホントにありがとうございます。○○」

 

 以前から、細やかなメッセージを下さる、いい方だなぁ、と思ってきましたが、今日いただいたこのメッセージは神様がこの方の姿を借りて私に励ましを下さっているのではないかなと思えるほどで泣けました。

 

 私一人が頑張ってきたんではなくて、家族や、さまざまなサービスや、いろんな人に支えていただいてここまで来ていたんだなぁ、としみじみします。

 

 あー、早く良くなりたい。

 早く良くなって、私も、誰かを幸せにするために働きたい。

 

 今は、在宅している私を無条件に喜んでくれるちびのために、心配をかけているオットたんや実母たんのために、まずは私が穏やかでいることを目指します。

 普段、なかなかこのブログに書けないことも多くて、ストレスをため込んで、いまかなり心身ともに調子が悪い時期です。ひさびさにシビアに体調を悪くして、かかりつけの内科から違う科にまわされることになりました。実は20代のはじめで1年間ほどこじらせた病気があるので、再発だとヤだなぁ…というところです。

 自分が病気かもしれないな、と気づくと、ついつい時間のあるときにネットでそんな情報ばかり見てしまって、よくないなぁ、と思います。

 ガンの告知を受けた友人が、かつて同じことを言っていたことをしみじみ思い出します。
 その時は、私もかけてあげることばが見つからなくて、なんとも非力だったなぁ。
 いま自分が似た立場になると、その時の彼女の孤独な気持ちが痛いほどよくわかります。

 webに日記やらブログやらを書き続けて20年近くがたちますが、基本的には、ネガティブなことや、怒り、悲しみを書くことは控えてきました。でも、まあ長年生きてると、いろんなことがある、という記録としても、ちょっといま体調が悪いことは書いておいても良いのかな、と思って書いておきます。

 早く良くなりたいなぁ。
 
 焦らず、前向きに取り組みます。

 いよいよ男児の夏休みがはじまりました。

 毎日がスペシャルなイベントが続きます。

 

 今日は小学校の夏祭りでした。

 送り迎えだけして、あとは放ったらかしにして私は帰宅できるようになりました。  

 うちのちびはなぜかもてます。

 女の子からも、男の子からも、「ちびちゃん!」と声をかけられて、誰とでも仲良くできるもよう。

 小さな時、言葉の発達が遅くて、いろんな人とのコミュニケーションが難しかったことを思うと、この10年近くの心配事はなんだったんだろうと思わされます。

 

 いよいよ少年時代に突入して、今年もだし、来年度以降もだし、夏休みには、きっと心に残る小説と出会ったり、学校外での課外活動でいろんな人と出会ったり、時には女の子に恋したり、うまくいったりいかなかったり、受験の時期が近づいたら、夏期講習に行ったり、いろんなどきどきワクワクする体験をしていくんだろうなぁ…  と思うと、妙に泣けてきて(私も涙もろくなりました)。

 

 楽しい少年時代を過ごして欲しいし、広い世界と出会う青年期を過ごして欲しいです。

 そうやって私はだんだん彼や次世代を見守る立場になっていくんだ…と思いました。

 楽しい夏休みになりますように。  我が子だけでなく、お友達もみな、心身の健康が守られますように。  

 

 私は私で、このところの体調不良があって内科にかかりました。

 食欲不振、寝付きづらい、ごはんは食べられないけど、アイスクリームは食べられる。

 …はい、典型的な夏ばてです。

 胃薬をもらって帰宅。

 いろんなお薬が効いたのか、ちびの外出中、こんこんと眠ってしまいました。

 快復につとめます。

 さて、このところ取り組んでいた、某資格の進級試験につきまして。  

 

 一次試験の筆記試験をなんとかクリアできました。  

 

 …奇跡!  

 マークシート式ではなく、全問、短文論述だったので、手書きで漢字を書いたり、文章の推敲をしたりってできるんだろうか…なんていう低次元な心配をしてかかりましたが、なんとか大丈夫だったようです。とりあえずこの一次試験を突破さえしていると、一年間は筆記試験が免除されます。やれやれ…。

 

 で、明日は二次試験です。面接です。

 とはいえ、会社の採用試験のような面接ではなく、ロールプレイングの試験なので、求められているふるまいをどれだけ再現できるか、なんだろうなぁ、ととらえて対策をしています。つまり「面接」と思うよりも「オーディション」と思えばいいんだよね、という解釈です。

 

 準一級の試験のときにも同様の面接があったので、一生懸命当時のことを思い出そうとしているのですが、何せ13年も前のことです。はっきり言って忘れています。

 

 しかもそのときの受検会場は北の大地の真ん中でした。(イカの街からJR特急で4時間ほどかかるとこ)。

 同じ季節だったけど、そんなに暑かった記憶がありません。

 明日の浪速は暑そうで、それだけでもめげますが、なんとか一発でサクっと合格してスッキリしたいです。

 

 しかし、この資格試験でここまで来るとは思わなかったなぁ、としみじみ思います。

 最初に二級の試験を受けたのは、就職活動を意識し始めた学生時代でした。

 その頃に思い描いていたキャリアパスとはぜんぜん違う方向で長年生きてきたというのに、一周回ってワン、という風情で、いま一級の試験に臨んでいるだなんて。

 

 自分の望んでいることと、与えられるものって、短期的に見るとわけがわからないものですけれど、これだけのスパンで振り返ってみると、結局、たしかに与えられるものなのかなぁ、という気がします。

 

 そんなこんなで、今はこれが与えられていることなのだと思うことにして、大事に受けるのみ。   

 嬉しかったことがあり覚え書き的に。

 今日はオットたんの帰りが遅くなる予定だったので、せめて私が早めに帰りたいな〜と思い、きっちり定時というわけではなかったけれど比較的早めに退勤して帰途を急いでいました。

 とはいえ、自分の意志だけでどーにもならないのが古都市バスの気まぐれなところで、観光客のちょっとした動きのブレや要人警護なんかによる交通のズレで、時間がとにかく読めない読めない。

 そんなこんなで「とにかく来たバス」に「とにかく乗」ったあとには、いくら自分が急いでいたとしても運を天に任せて家方向に揺られて帰るしかないのですが、ぼやーっと乗っていたところ、

 なんと、児童館最寄りのバス停から、帰途のちび太郎とばったり遭遇。
 この春から、ちびは自力で市バスに乗って帰るようにさせていたのですが、こんな偶然があるなんて!とじーんとしました。

 ちびの児童館は、私の前職場の目の前で、つまりこれまでは私が仕事帰りに迎えに行ったり、オットたんや実母たんに迎えに行ってもらったり、それも手配がつかないときにはタクシーを利用して帰させてもらったり、という、さまざまな「手配」が私の大事な仕事だったようなものですから、そんな私の手から離れて、ほんとうにちびが、ほんとうに一人で、ほんとうに公共交通機関でうまくやっていってくれているんだなぁ、なんて感激した次第です。

 ちびがここまでになってくれるのにとても骨が折れたものだったけど、こんな日も来るもんなんだなぁ、私がしんどい時期は永遠じゃないって本当だったんだなぁ、なんて思いました。

 最近は、彼が思いのままにどんな場所にでも行ってしまうことのほうが少し心配になりつつあり、その対策を家族や小学校、児童館の先生方とあれこれ相談させてもらっています。

 たいていの心配事は起こらないものだと大きく構えていたい気持ちはありますし、彼の自立心や冒険心を褒めてもやりたいところもあるのですが、とはいえ何が起こるかわからないご時世で、何か悪いことが起こったときの責任はすべて親である私たちが負うもので。

 一つの心配事が減ると、また新しい心配事ができるものですが、様々なことが、ぼちぼちと良い方向に進んでいきますように。

 連休はざまの平日である今日は、オットたんはお仕事、ちびは学校。

 

 私だけが在宅している、なんていう日があるのはいったいいつ以来かしら?と思い出せないくらいのことで、こんなひさびさの貴重な平日を楽しむつもりでいました。

 

 …が  10日ほど前に洗面台の水漏れが発生していたので、その修繕をお願いしていた対応があったり…

 自分の病院に行って、銀行と役所関係の仕事をして、お買い物をして、そうこうするうちにちびが帰宅して、(しかも急遽友達のおうちに遊びに行きたい!」とか言い出して)ばたばたしているうちにオットたんが帰宅して、結局、出勤してるよりもぐったり疲れる一日だった気がします。

 

 思い出せば、専業主婦としてちびの幼稚園の送り迎えを対応していた頃って、毎日がこんな感じで、もがいてももがいても抜け出せない闇の中にいるかのようで、ちびの幼少期と向き合えることは大事なことと頭では理解しようと思っていても体がついていかないようなしんどさが抜けなくて、辛かったな…。

 

 育休や産休のように、ある決まった期間を終えて、確実に子どもを預ける環境があって、戻れる仕事があるならばもう少し前向きになれていたのかもしれないけれど、私には何もなくて先行きがしんどかったんだろうと思います。

  今となっては、段階を踏んで仕事の場に復帰もできたことだし、ちびもしっかり成長している手応えを感じるしで、あの頃のしんどかった自分を励ましてあげることだってできそうなんだけど。

 

 まあ、過去の自分に今の自分が何かを言えることはないのですけれど、せめて、今、過去の私のようなしんどさを感じている人がいるなら、そのしんどさに共感してあげたり、ゆるやかに前を向くように言ってあげたりということはできるようになったかな、と思うのです。

 明日で、新しい職場にうつって一週間になります。  

 

 業務で覚えることがたくさんあるのはもちろんなのですが、私の生活のリズムというのも大きく仕切り直す必要があり、可処分時間をどうやって有効に使うか試行錯誤しています。

 

 これまでの通勤では、バスに乗車しているのが、片道10分くらいのことだったので、居眠りも読書もできないような細切れ時間だったのですが、いまではこれが片道35分くらいの、適度にまとまった時間になってくれたのが、とても嬉しい変化です。

 

 出発時間や帰宅時間に少し影響はあるものの、集中して読書をするのにちょうど良い時間と空間。

 こんな貴重な一人の時間というのは、出産後8年目にして、ようやく得たもののような気がします。  

 乳幼児がいてもいなくても、家の中にいると、永遠に家事に手を出してしまうのよねぇ…。

 

 最近では、通信事情も良くなったので、産休や育休などの期間も、テレビ会議的な機能で在宅で仕事をする人もいると聞きますが、そういう人たちの悩みに、気分転換がしづらい、とか、家庭の中に会議のためだけのスペースがあるわけではない、というものがあるとのこと。そりゃそうだ。

 

 長距離を通勤するのも大変かとは思いますが、適度な通勤時間って必要なものなのでしょうね。  

 職場の、若い同僚ちゃんが、母校が甲子園に出場が決まったとのことで大喜びしています。

 

 一緒にいる時間が長い人が、幸せそうな様子は、私も見ていて嬉しくなります。

 特にこれまで高校野球に強い興味を持ったことがなくても、彼女との話題作りのために新聞で関連記事を読んだりしています。

 

 そりゃ、嬉しいよね!あなたの気持ち、わかるわ!

 

 …って、彼女に共感できる理由は、私が宝塚ファン歴が長いからだろうなー。

 

 もし、今の彼女の立場を、私の妄想ですり替えるとするなら…

 

 母校から音楽学校に挑戦する子がいるなんて噂を耳にすると、気になって仕事が手につかなくなるし、合格なんてしようものなら手放しで喜ぶだろうし、2年間の修練を経て初舞台なんて踏む日にゃ、万難を排して観劇に行くことでしょうし、周りの人達にもチケットを売りさばくことでしょうよ。

 

 だって、がんばる後輩は、応援したいもんねぇ。

 

 ほらほら、こうやって翻訳すると、野球のルールすらほとんど知らない私でも、甲子園絡みの話題についていけちゃうのよ!

 

 

 18歳のランちゃんが、今朝8時過ぎに、天国に旅立ちました。

 昨日から、すこしずつ息が減り、穏やかな大往生でした。

 土日だったので、枕元でたくさんお話ができました。オットたんも、ちびも、実母たんも、家族一同が優しい気持ちになれる良いお見送りでした。

 美しくて、賢くて、幸せな思い出だけを残してくれたランちゃんでした。 
 うちの子になってくれて、18年間、ありがとうございました。

 画像は2008年の、元気だったころ。


 昨日から、弱っていくランちゃんの横で、さめざめ泣いておりましたが、その最期を見届けると、どっと安心して、むしろ清々しい気持ちになっておりました。

 ちびは、以前から楽しみにしていた行事ごとがあったので、ランちゃんに挨拶だけさせて、オットたんと2人ででかけてもらいました。

 そうして、私が一人で、家を片付けながらしみじみとランちゃんの出棺の手続きやら、伽やらをつとめていると…

 朝の8時半すぎという(しかも日曜だぞ)時間に、思いがけず、ピンポンがなりました。

 ん〜?

 選挙運動かな〜?

 …だとしたら、日曜の、しかも9時前に、戸別訪問なんて、とっちめて説教しないといけないレベル、と喧嘩腰でドアホンに出ると!!

 なんと!!

「…あのう、イカ街某勤め先の、○○と■■です…」
 というご婦人2人連れ。

 思いっきり想定外の、アポなし訪問に、驚愕するやら、再会に歓喜するやら。

 お2人は、弥次喜多道中で古都旅行に来た宿泊先で、朝に散歩をしていると、わが家の前を通りがかったのだとか。
 わが家はオットたんの名前をフルネームで表札に出していたために「…ん?」と二度見されたのだとか。

 昔、仕事場での雑談時に、わが家が、その宿泊施設の近くだ、という話題をしたことがあったのをたまたま覚えていらして「…もしや、この家は、イカ街にいたi子さんの家ではないかしら」と勇気を奮ってピンポンを押して下さったのだそうです。

 よりによって、ラン姉がこんな日だったからこそ、日曜の朝に私だけが在宅していた、という奇跡のような偶然が重なって、ちびがいなくて静かに …いや、かしましく、つもる話に花が咲きました。

 生きてるといろんなことがあるなぁ、というレベルで、この数年はしんどい思いをしてきていましたし、今日は今日で取り込み中でしたし、でも、生きているからこそ、こんな思いがけない再会もあるもので、これだから人生って面白いなと思いました。

 道産子2人連れ、今日はこれから浪速に向かうそうです。
「新幹線の切符を買おうとしたら、駅員さんにとどめられたわー。シンカイソクってなに?」という、ゆーるい話になごみました。
 そうそう、関西って、狭いでしょ(笑)。
 県をまたぐ移動でも、特急料金とか、いらないんですよ〜。


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